平安時代中期の貴族である源雅信は、承平6年(936年)に臣籍降下し、以降、侍従や右近衛権中将などを経て、天暦5年(951年)には参議に任ぜられ公卿に列した。円融天皇の即位後、急速に昇進し、天禄3年(972年)には大納言となり、さらに貞元3年(978年)には左大臣に昇進。円融天皇や花山天皇の信頼を受け、一上として政務を執行した。正暦4年(993年)、辞官後に出家し、74歳で没する。雅信は音楽の名匠としても知られ、朗詠の祖と称される。さらにその子孫は、庭田・綾小路などの公家や、武士の佐々木氏として後の歴史に影響を及ぼした。




















