平安時代の陰陽師。鎌倉時代から明治時代初めまで陰陽寮を統括した安倍氏流土御門家の祖。一条天皇や藤原道長の信頼を集め、安倍氏は晴明一代の間に師である賀茂氏と並ぶ陰陽道の家としての地位を確立した。
今日では平安時代の代表的な陰陽師のように扱われている晴明であるが、その名が広く知られることになったのは晴明を説話の登場人物として扱った『大鏡』や『今昔物語集』が出た12世紀前半、すなわち晴明の死から100年以上後のことである。11世紀後半から12世紀後半にかけて陰陽道と言えば賀茂氏と認識される時代が長く続き、一方で安倍氏の中にも陰陽道にその才を示すものがいたもののの、早世や内紛なども多く不振の時代であった。その中で、晴明流の安倍氏が自らの立場の安定化のために、祖先である晴明の顕彰活動を行ったと推測される。




