畠山 持国(はたけやま もちくに)は、室町時代の守護大名。足利氏一門の畠山氏出身。
三管四職家のうち、主に第3代将軍足利義満の時代に取り立てられ勢力を躍進させたのは赤松氏、一色氏、畠山氏であったが、6代将軍義教は権力掌握のため特に上記三家に対する干渉を強めるようになる。その矛先は畠山氏にも向けられ、持国は弟・持永に家督を譲らされ隠居を余儀なくされる。しかし、持国以上に義教の行動に恐怖を覚えた赤松満祐が義教を殺害する「嘉吉の変」が発生。持国はただちに挙兵して持永を討ち、家督を奪回した。
その後は管領家・細川氏と勢力争いを繰り広げるが、晩年はお家騒動を引き起こし畠山氏衰退の元を生み出した。このお家騒動は応仁の乱へと繋がっていく。
畠山持国
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河内畠山氏第8代当主
室町幕府管領
氏族 | 清和源氏足利氏庶流畠山氏 |
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生没 | 1398年 - 1455年 |
位階 | 従三位 |
官職 | 左衛門督 |
幕府職 | 室町幕府管領 河内・紀伊・越中・山城守護 |
配偶者
主な祖先
主な子孫