室町幕府管領。<br>
寛正元年(1460年)、父の代から家督を争う畠山義就が第8代将軍・足利義政により失脚させられると、政長は幕府に帰参。義就の追討に功績を挙げ、寛正5年(1464年)には管領に就任する。しかし義就が山名氏と結んで挙兵すると、それに足利将軍家や斯波氏の争いも加わり応仁の乱に発展する。<br>
明応2年(1493年)、細川政元によるクーデター「明応の政変」により失脚。正覚寺城に立てこもるが、援軍を阻まれ自害した。
主な祖先
畠山政長の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫











