系譜で辿る日本史

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若江薫子わかえにおこ

若江薫子

女流漢学者

氏族菅原氏唐橋家庶流若江家
生没1835年 - 1881年
位階
官職
幕府職

若江薫子は幕末から明治初期にかけて活躍した女流漢学者であり、尊皇運動家としても知られる。幼少時から学問に秀で、岩垣月洲に師事し漢学を極めた。15、6歳で経史百家を完読し、文天祥の『指南集』の釈義を著すなど、その才が宮中にも届き、慶応3年(1867年)には昭憲皇太后の学問師範に抜擢された。明治維新後は皇后付き女官として影響力を持つも、新政府の方針としばしば対立し、参内を禁じられる。晩年は西国を転々とし、1881年(明治14年)に香川県丸亀で死去。1928年(昭和3年)、正五位を追贈された。

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吉田兼倶

13親等祖先

清原宣賢

12親等祖先

西園寺公顕

20親等祖先

今出川兼季

19親等祖先

西園寺実兼

20親等祖先

吉田兼右

11親等祖先

吉田兼見

10親等祖先

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