系譜で辿る日本史

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石谷頼辰いしがいよりとき

石谷頼辰

室町幕府吏僚

氏族藤原北家利仁流美濃斎藤氏
生没???年 - 1587年
位階
官職
幕府職室町幕府外様詰衆

戦国時代から安土桃山時代にかけて活動した武将。室町時代末期には奉公衆として、足利義輝に仕える。母方の蜷川家は室町幕府政所代を世襲する家柄で、義昭が織田信長に追われると明智光秀に仕官。信長と長宗我部元親の対立時には光秀の使者として元親の説得に赴くが失敗。のちに光秀が本能寺の変で敗死すると、妹の嫁ぎ先である土佐の長宗我部氏の元に避難。中央での豊富な経験を活かし重用され、給地は四十四町に達する。娘は元親の子である長宗我部信親に嫁ぎ、天正14年(1587年)の戸次川の戦いで信親と共に戦死。

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