系譜で辿る日本史

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本多忠寛ほんだただひろ

本多忠寛

本多彦八郎家9代

氏族称・藤原北家九条流
生没1832年 - 1881年
位階
官職
幕府職三河西端藩主

三河西端藩の初代藩主として活躍。天保3年(1832年)に江戸で生まれ、兄の早世を受けて嘉永5年(1852年)に家督を継ぐ。元治元年(1864年)の天狗党の乱や江戸警備で功を挙げ、同年末に1万500石の大名となり西端藩主に就任する。しかし、旗本時代から続く財政難を背景に、慶応年間に御用金の徴収や藩札発行を強行し、藩政の混乱を招く。慶応3年(1867年)、病を理由に長男に家督を譲り隠居。明治14年(1881年)に50歳で没する。

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