天正遣欧少年使節の主席正使として知られる伊東マンショは、安土桃山時代から江戸時代初期にかけて活躍したキリシタンである。日向国で生まれ、島津氏の侵攻を逃れ豊後国でキリスト教に触れる。後にセミナリヨに入学し、アレッサンドロ・ヴァリニャーノの指導のもと、ヨーロッパへの使節団に選ばれる。天正18年(1590年)に帰国後、豊臣秀吉からの勧誘を断り司祭を目指す。慶長6年(1601年)にはマカオで神学を学び、慶長13年(1608年)に司祭に叙階された。晩年は長崎で教育活動に従事し、慶長17年(1612年)に病死した。彼の肖像画は後に発見され、2016年に東京国立博物館で公開された。


