室町時代前期の武将である富樫満成は、足利義持の近習として活躍した。応永8年(1401年)頃から義持の近臣として史料に登場し、重用された。満成は義持を後ろ盾に加賀守護への復権を狙い、応永21年(1414年)に斯波満種が更迭された事件にも関与したと考えられる。応永23年(1416年)、義持の命で義嗣を捕らえ尋問に当たり、義嗣誅殺の命を受ける。しかし、翌年に謀反を促した疑いで追放され、高野山に逃亡後、応永26年(1419年)に誅殺された。満成が持っていた加賀半国の守護職は、富樫満春が兼任することとなった。




