系譜で辿る日本史

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本多忠英ほんだただひで

本多忠英

政信系本多家2代

氏族称・藤原北家九条流
生没1647年 - 1718年
位階従五位下
官職 肥後守
幕府職大和郡山藩支藩主 播磨山崎藩主

江戸時代前期から中期にかけての大名で、播磨国山崎藩初代藩主を務めた。16歳で本多政信の末期養子となり、遺領相続を認められた。父・政勝の死後、幕府の裁定で郡山藩が分割され、延宝7年(1679年)に山崎藩1万石の藩主となった。兵法や絵画、茶道、香道に通じた教養人で、特に芙蓉の絵が「芙蓉本多」と称賛された。享保3年(1718年)、72歳で死去した。

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