系譜で辿る日本史

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水野忠重みずのただしげ

水野忠重

水野氏5代当主

氏族称・清和源氏満政流
生没1541年 - 1600年
位階従五位下
官職 和泉守
幕府職

戦国時代から安土桃山時代にかけての武将で大名であった。水野氏の当主として、刈谷城や緒川城の城主を務め、その後は伊勢神戸城の城主となる。徳川家康の生母である於大の方の弟で、家康の叔父にあたる。初めは兄・水野信元に仕え、信長の家臣となるが、後に徳川家康に属し、三河一向一揆などで戦功を挙げる。信長に仕えた後、秀吉の直臣となり、九州の役や小田原の役にも参加。最終的には三河刈谷城に戻り、石高2万石を領した。慶長5年(1600年)、堀尾吉晴を歓待した際に口論から加賀井重望に殺害され、60歳で没した。

更新
主な祖先

藤原忠通

19親等祖先

近衛基通

17親等祖先

近衛基実

18親等祖先

水野忠重の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

養父
    配偶者
      主な子孫

      小笠原勁一

      10親等子孫

      酒井忠経

      9親等子孫

      土方義苗

      8親等子孫

      丹羽氏中

      10親等子孫

      酒井忠英

      11親等子孫

      土方雄永

      11親等子孫

      京極高品

      7親等子孫