平安時代末期から鎌倉時代前期の武将であり、鎌倉幕府の御家人として活躍した。島津氏の祖とされ、出自には諸説ある。治承3年(1179年)には春日祭使の行列に参加しており、若くして兵衛尉に任官された記録がある。元暦2年(1185年)、平家追討の功績により、源頼朝から伊勢国の地頭職を授けられ、さらに摂関家領の島津荘下司職にも任命され、南九州との関係が始まる。後に島津荘を本貫とし、島津左衛門尉と称す。建久8年(1197年)には薩摩国・大隅国の守護となり、南九州に勢力を広げた。比企の乱に連座し一時的に失脚するが、後に源実朝の御家人として復帰。晩年は越前国守護を務め、嘉禄3年(1227年)に没する。
主な祖先









