戦国時代の肥前国の大名で肥前有馬氏の当主。肥前日之江城主として、祖父の代に成長した勢力を基に高来郡を中心に島原半島一帯を支配し、貿易を独占して有馬氏の最盛期を築いた。室町幕府将軍・足利義晴から偏諱を受け、修理大夫に任じられた。次男やそのほかの息子たちを他家の養子に出し、肥前支配の強化を図った。ポルトガル船の入港による南蛮貿易の利益で繁栄したが、キリスト教を嫌い弾圧した。天文21年(1552年)に嫡男に家督を譲り隠居するが、晩年には肥前への侵攻が激化し、有馬氏の勢力は縮小した。永禄9年(1566年)、享年84で死去。
主な祖先
有馬晴純の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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