系譜で辿る日本史

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津軽為信つがるためのぶ

(大浦為信)

津軽為信

津軽氏初代当主

氏族清和源氏義光流
生没1550年 - 1608年
位階従四位下
官職 右京大夫
幕府職陸奥弘前藩主

戦国時代から江戸時代初期にかけての武将である津軽為信は、陸奥国弘前藩の初代藩主として知られる。彼の出自には多くの説があり、南部氏の支族や大浦氏の子とされる。永禄10年(1567年)に大浦城主となり、元亀2年(1571年)には石川高信を自害に追い込むなど、南部氏の内部抗争を利用して勢力を拡大。天正18年(1590年)には豊臣秀吉に謁見し、大名として認められた。関ヶ原の戦いでは東軍に参加するが、戦後の加増はわずかだった。慶長8年(1603年)には新城を着工するが、建設は次代に引き継がれた。慶長12年(1607年)に死去。後の津軽騒動の起因となった。革秀寺の霊屋は国の重要文化財に指定されている。

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