室町時代の公卿で、正三位・薄以盛の子として生まれる。元服と同時に左近衛将監兼六位蔵人に任じられ、式部大丞を経て従五位下・美濃守に叙任される。応仁元年(1467年)には従五位上に昇進し、翌年には父から橘氏長者の地位を譲られる。さらに文明6年(1474年)に正五位下、文明13年(1481年)に従四位下、文明16年(1484年)に従四位上、延徳元年(1489年)に正四位下と順調に昇進。明応5年(1496年)に従三位に叙され公卿となるが、11日後に61歳で薨去。公卿としての期間は12日間と短かった。著書に『橘家神体勧請之巻』がある。





