光仁天皇は宝亀元年(770年)に62歳で即位し、宝亀12年(781年)に譲位するまで在位した。彼の在位中、井上内親王が呪詛に関与したとして廃位され、他戸親王も皇太子を解任され、これにより天武天皇の皇統は断絶した。光仁天皇は政変の影響を受けつつも、凡庸さを装い難を逃れたとされる。即位後は藤原百川らの支持を得て政務を行い、晩年には病を理由に譲位した。光仁天皇の崩御後も政情は安定せず、彼の陵は奈良県奈良市の田原東陵にある。毎年1月23日には奈良市大安寺で光仁天皇を偲ぶ祭事「光仁会」が開催され、長命をもたらす「癌封じの笹酒」が振る舞われる。



















