平安時代前期に活躍した公卿。無位から従五位下に叙爵され、備後権介や土佐権守などを歴任。貞観18年(876年)に左兵衛佐となり、清和・陽成・光孝・宇多の四朝にわたり武官を務めた。元慶9年(885年)には右近衛少将、仁和2年(886年)正五位下に昇進し、寛平5年(893年)に参議に任ぜられて公卿となる。議政官や刑部卿を兼帯し、昌泰4年(901年)正四位下、延喜8年(908年)に中納言に叙任。延喜13年(913年)に大納言に至り、翌延喜14年(914年)に致仕を許されるが、延喜15年(915年)に71歳で薨去。
主な祖先
源湛の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫




















