伊勢神宮の斎王に養老5年(721年)に卜定され、神亀4年(727年)に下向。天平16年(744年)、斎王を退任し、白壁王(後の光仁天皇)の妃となる。天平勝宝6年(754年)には酒人内親王を出産し、続いて天平宝字5年(761年)に他戸親王を産む。光仁天皇の即位に伴い、宝亀元年(770年)に皇后となるが、宝亀3年(772年)、呪詛の疑いで廃される。宝亀4年(773年)、さらに呪詛の嫌疑がかけられ、大和国宇智郡に幽閉される。同6年(775年)4月27日、幽閉先で他戸親王と共に薨去。この死は暗殺や自殺の可能性も考えられている。後に怨霊として恐れられ、延暦19年(800年)に名誉回復が行われた。奈良県五條市の御霊神社に祭神として祀られている。








