真寂入道親王は宇多天皇の第三皇子で、斉世親王として知られる。仁和3年(887年)に父・宇多天皇の践祚に伴い皇族となり、寛平元年(889年)には親王宣下を受けた。醍醐朝では兵部卿や上総太守を歴任。しかし、延喜元年(901年)、醍醐天皇からの嫌疑により地位を剝奪された(昌泰の変)。その後、仁和寺に入り真寂と名乗り、出家生活を送った。延長5年(927年)に42歳で薨去した。皇位継承問題が背景にあり、出家時期については諸説ある。
主な祖先
真寂法親王の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫











