後朱雀天皇は、寛徳2年(1045年)に崩御した日本の第69代天皇。幼名は犬宮。後一条天皇の崩御後に即位し、治世においては荘園の増加が国家財政を圧迫していたため、長久元年(1040年)に荘園整理令を発したが、結果的に権門擁護策に終わった。治世中、関白藤原頼通やその弟たちの娘たちが中宮となったが、皇子は誕生しなかった。病に倒れた際、皇后禎子内親王の支援を得て、尊仁親王を皇太子にする遺詔を発した。寛徳2年、親仁(後冷泉天皇)に譲位し太上天皇となった後、出家し崩御。享年37。陵は京都府京都市右京区の圓乘寺陵にある。
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