平安時代後期の公卿で、白河院の養子として皇嗣候補とされた。元永2年(1119年)、鳥羽天皇の孫が誕生し、源朝臣姓を受けて臣籍降下。従三位・権右中将に急速に昇進し、その後も権大納言、右近衛大将、内大臣、右大臣、左大臣と出世。花園離宮を賜り、花園左大臣と称される。晩年は病に苦しみ、久安3年(1147年)に出家後、薨去。詩歌や管絃、書に秀で、多くの和歌作品が勅撰和歌集に収録される。儀式書『春玉秘抄』『秋玉秘抄』を著し、日記『花園左府記』も残す。享年45。
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