平安時代の皇族である輔仁親王は、後三条天皇の第三皇子として生まれた。異母兄の白河天皇の即位後、父の遺言により皇太子の候補とされたが、白河天皇はこれを無視し、自らの子を皇太子に指名したため、輔仁親王は冷遇され続けた。後に永久元年(1113年)に起こった永久の変に巻き込まれ、皇位継承の可能性を完全に失った。晩年は仁和寺に幽居し、元永2年(1119年)に薨去。詩歌に秀で、『金葉和歌集』などに多くの作品が残されている。白河法皇は彼の歌を勅撰和歌集に採用し、彼の才能を認めていた。
主な祖先
輔仁親王の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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