系譜で辿る日本史

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藤原忠平ふじわらのただひら

藤原忠平

平安前期の公卿

氏族藤原北家
生没880年 - 949年
位階従一位
官職 関白 摂政 太政大臣
幕府職

兄で左大臣の藤原時平が早世すると、四男でありながら藤氏長者の地位を継承する。延喜の治と呼ばれる政治改革を行い、朱雀天皇の時に摂政、次いで関白に任じられる。以後、村上天皇の初期まで長く政権の座にあった。<br>
この間かつての家人・平将門と、遠戚である藤原純友による承平天慶の乱が起きたが、最終的にいずれも鎮圧された。

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主な祖先

孝霊天皇

19親等祖先

履中天皇

15親等祖先

武内宿禰

16親等祖先

藤原房前

6親等祖先

武渟川別

16親等祖先

仁徳天皇

16親等祖先

孝安天皇

20親等祖先

中臣鎌足

8親等祖先

応神天皇

17親等祖先

孝元天皇

18親等祖先

藤原忠平の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

養父
    配偶者
    主な子孫

    近衛基実

    8親等子孫

    後三条天皇

    6親等子孫

    源重貞

    7親等子孫

    後鳥羽院宮内卿

    8親等子孫

    暲子内親王

    8親等子孫

    菊池則隆

    6親等子孫

    鳥羽天皇

    7親等子孫

    藤原得子

    7親等子孫

    藤原基俊

    6親等子孫

    中山忠親

    8親等子孫