平安時代中期の公卿である源頼定は、一品式部卿・為平親王の次男として生まれた。永祚2年(990年)に従四位下に初叙され、正暦3年(992年)には弾正大弼に任ぜられる。中関白家と親しく、長徳の変で連座し勅勘を受けるが、長徳4年(998年)には右近衛中将に復帰。寛弘6年(1009年)参議に任じられたが、三条朝では昇進が止まり、伊予権守を兼官。後一条天皇の即位で昇進し、勘解由長官や左兵衛督を兼任。密通事件を起こし、三条朝での昇進に影響を及ぼすが、後に赦免される。寛仁4年(1020年)に病で出家し、間もなく薨去。享年44。
主な祖先
源頼定の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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