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古墳時代の豪族
古墳時代の紀小弓は、雄略天皇9年(465年)に天皇の命で蘇我韓子、大伴談、小鹿火宿禰らと共に新羅を征伐するために朝鮮へ渡った。妻を亡くしていた小弓は、大連の大伴室屋を通じて天皇にそのことを伝え、吉備上道采女大海を与えられた。新羅での小弓の活躍は目覚ましかったが、残兵の抵抗に苦戦し、大伴談らが戦死した後、彼自身も新羅で病死した。遺体は和泉国日根郡淡輪村(現在の大阪府泉南郡岬町淡輪)に埋葬された。小弓と共に派遣された小鹿火宿禰は帰国後、角臣の祖先となった。
孝安天皇
8親等祖先
孝霊天皇
7親等祖先
綏靖天皇
12親等祖先
神武天皇
13親等祖先
孝元天皇
6親等祖先
安寧天皇
11親等祖先
懿徳天皇
10親等祖先
孝昭天皇
9親等祖先
陽成天皇
16親等子孫
源等
15親等子孫
紀友則
14親等子孫
藤原敦忠
桓武天皇
11親等子孫
平城天皇
12親等子孫
藤原為憲
遍昭
13親等子孫
清和天皇
紀貫之