系譜で辿る日本史

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平城天皇へいぜいてんのう

(日本根子天推国高彦天皇)

平城天皇

第五十一代天皇

氏族皇族
生没774年 - 824年
位階
官職
幕府職

桓武天皇の第一皇子として立太子されたが、病弱で父との関係が微妙だった。即位後、藤原薬子を寵愛し、政治改革に取り組むも、薬子とその兄藤原仲成の影響で政権が不安定に。大同4年(809年)、病気で嵯峨天皇に譲位し、上皇となる。弘仁元年(810年)の薬子の変で政権奪還を図るも失敗し、仏門に入った。遺跡名「市庭古墳」は平城京大極殿跡の北にあり、平城天皇の陵とされるが、前方後円墳だったことが判明。奈良県奈良市佐紀町に楊梅陵がある。

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主な祖先

允恭天皇

12親等祖先

紀小弓

12親等祖先

応神天皇

14親等祖先

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9親等祖先

孝元天皇

16親等祖先

蘇我馬子

7親等祖先

仁賢天皇

10親等祖先

仲哀天皇

15親等祖先

平城天皇の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

主な子孫

亀山天皇

18親等子孫

平清経

14親等子孫

花山院師賢

18親等子孫

後伏見天皇

18親等子孫

四条隆資

19親等子孫

後村上天皇

19親等子孫

藤原秀康

14親等子孫

御匣殿

19親等子孫