後村上天皇は、南朝の第2代天皇として即位した。父・後醍醐天皇の遺志を継ぎ、南朝の正統性を維持しつつ、京都回復を目指した。東北地方の多賀城を拠点として、北朝を支持する室町幕府軍との内乱に関与した。北畠顕家らと共に南朝の軍を率いて京都を奪還するも、再び足利尊氏に敗れた。正平の一統を図りつつも政局は混迷を深めた。晩年には体調を崩し、1368年に崩御した。和歌や書道にも秀でており、『新葉和歌集』には多くの作品が収録されている。陵は大阪府河内長野市の観心寺内にある檜尾陵とされる。
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後村上天皇の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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