後宇多天皇は文永11年(1274年)に即位し、8歳で天皇となる。元寇の襲来を受けた治世を経て、21歳で譲位し、院政を開始する。第一次院政期には訴訟制度改革に尽力し、持明院統との対立が続く中で調停策を打ち出した。後年は仏教、特に真言宗に傾倒し、宗教活動に力を注いだ。晩年には政治から離れ、禅修行に専念。学問や書道にも優れ、和歌の才能も持っていた。元亨4年(1324年)に崩御し、後醍醐天皇により追号が贈られた。大覚寺殿と称され、その名は後世まで続く皇統の象徴ともなった。
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後宇多天皇の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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