系譜で辿る日本史

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持明院基家じみょういんもといえ

持明院基家

持明院家3代当主

氏族藤原北家中御門流一条家
生没1132年 - 1214年
位階正二位
官職 権中納言
幕府職

持明院基家は、平安時代後期から鎌倉時代初期にかけて活躍した公卿。大蔵卿・藤原通基の三男で、持明院家の3代当主。久安元年(1145年)に叙爵し、能登守、美作守、左近衛中将などを歴任。承安2年(1172年)には従三位に叙され、寿永元年(1182年)に参議に任ぜられる。寿永2年(1183年)、木曾義仲のクーデターによる解官を避け、関東に亡命。後に都に戻り、守貞親王に仕える。文治6年(1190年)には正二位に昇進。建仁元年(1201年)に出家し、建保2年(1214年)に死去。彼の子孫は持明院家として羽林家に発展した。

更新
主な祖先

藤原麻呂

14親等祖先

藤原三守

10親等祖先

藤原内麻呂

11親等祖先

藤原是公

13親等祖先

持統天皇

17親等祖先

藤原真楯

12親等祖先

欽明天皇

18親等祖先

宇多天皇

8親等祖先

光孝天皇

9親等祖先

橘嘉智子

11親等祖先

持明院基家の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

養父
    配偶者
    主な子孫

    一条兼定

    14親等子孫

    後円融天皇

    9親等子孫

    後柏原天皇

    13親等子孫

    後二条天皇

    6親等子孫

    後小松天皇

    9親等子孫

    後伏見天皇

    6親等子孫

    長慶天皇

    8親等子孫

    後宇多天皇

    6親等子孫

    光明天皇

    7親等子孫

    鷹司冬教

    6親等子孫