系譜で辿る日本史

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持明院保家じみょういんやすいえ

持明院保家

鎌倉前期の公卿

氏族藤原北家中御門流持明院家
生没1167年 - 1210年
位階従二位
官職 権中納言
幕府職

平安時代後期から鎌倉時代初期にかけての公卿で、官位は従二位・権中納言。嘉応3年(1171年)に従五位下に叙爵され、加賀守、侍従、紀伊守、淡路守などを歴任。1189年には右近衛少将に遷り、1190年に従四位下、1195年に従四位上、1198年に正四位下・右近衛権中将と順調に昇進。建仁2年(1202年)に従三位に叙せられて公卿となるが、三左衛門事件により一時出仕を停められる。元久元年(1204年)正三位、1206年参議に任ぜられ、讃岐権守や左衛門督も兼帯。承元2年(1208年)に検非違使別当に補され、権中納言に任じられるが、翌年辞退し従二位となる。1210年に出家し、同年3月腫物により44歳で薨去。

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