7世紀中期、阿倍比羅夫は飛鳥時代の将軍として活躍した。斉明天皇4年(658年)から3年間、日本海側を北上し、蝦夷を服属させるべく航海を行い、東北以北では粛慎と交戦した。中央豪族の一支族、あるいは越国の地方豪族とされる彼は、越国守としての地位を活かし、蝦夷・粛慎征討を記録に残した。天智天皇元年(662年)、中大兄皇子の命を受け、新羅征討軍の後将軍として朝鮮半島に向かい、武器や食糧を送るも、翌年の白村江の戦いで新羅と唐の連合軍に敗北した。その後、天智天皇3年(664年)に大錦上に叙され、筑紫大宰帥として九州地方の防衛を担った。彼の軍事経験は、唐や新羅の来襲に備えるために重要視されたとされる。
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阿倍比羅夫の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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