鎌倉時代の公卿である一条実経は、九条道家の四男として生まれ、寛喜4年(1229年)に元服して正五位下に叙せられる。父に溺愛され、仁治3年(1242年)には一条室町の第を譲られ、寛元4年(1246年)1月には関白・藤原氏長者となる。しかし、同年の宮騒動に連座し、翌年に摂政を罷免される。父の死後、兄・良実と和解し、文永2年(1265年)に関白に再任されるが、2年後に辞任。晩年は山城国山崎の円明寺で過ごし、弘安7年(1284年)に62歳で没する。墓は京都東福寺にある。
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一条実経の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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