鎌倉時代前期の公卿である九条道家は、幼少期から祖父・九条兼実に寵愛されて育った。建仁3年(1203年)に元服し、正五位下に叙任される。その後も侍従、左近衛中将、従三位、権中納言と昇進し、元久3年(1206年)に父の急死後、その地位を継承した。承元3年(1209年)には、姉を順徳天皇の妃に送り込み、順調に権勢を拡大した。建保7年(1219年)、鎌倉幕府からの要請で三男の頼経を4代将軍に送り出す。承久の乱後も関白や摂政に就任し、朝廷内での影響力を保持したが、最終的には政治的立場を失い、建長4年(1252年)に死去した。享年60。晩年は様々な陰謀の嫌疑をかけられ、憔悴した状態であった。





















