江戸時代前期の公卿である二条光平は、摂政や関白、左大臣などの高位を歴任した。寛永元年(1625年)に誕生し、江戸幕府3代将軍徳川家光から偏諱を受けた。数々の官職を経て承応2年(1653年)に関白となり、後西天皇の治世では関白を務めた。寛文2年(1662年)には識仁親王の元服の加冠役を務め、翌年霊元天皇の摂政に転任するが、寛文4年(1664年)に辞任。万治4年(1661年)には自邸からの出火で大火災を招く不運に見舞われた。絵画や書にも関与し、狩野永納との合作『舞楽図巻』が現存する。天和2年(1682年)に薨去。享年59。
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二条光平の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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