1740年に生まれ、1813年に没した後桜町天皇は、江戸時代の第117代天皇である。1762年に即位し、在位期間は9年間にわたった。彼女の即位は、異母弟である桃園天皇の急逝に伴う遺詔を受けてのものであったが、実際には当時5歳の英仁親王が即位することが憂慮され、五摂家の会議で決定された。即位後、天皇として男帝同様の儀式を行い、後に甥の後桃園天皇に譲位し、太上天皇となった。後桜町上皇は、光格天皇を補佐し、朝廷の権威向上に努めたことで「国母」と称されることもあった。晩年には文化や学問を愛し、和歌や漢学にも精通していた。天明の京都大火では青蓮院に移るなど、災害時にも貢献した。74歳で崩御し、泉涌寺内の月輪陵に葬られている。彼女は、日本史上最後の女性天皇として記憶されている。
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後桜町天皇の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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