系譜で辿る日本史

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赤松則祐あかまつのりすけ

赤松則祐

赤松氏6代当主

氏族村上源氏
生没1314年 - 1372年
位階
官職
幕府職室町幕府禅律方 播磨・備前・摂津守護

鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて活躍した武将。元弘の乱では護良親王に従い、熊野や十津川で戦った。建武政権下では足利尊氏に味方し、父の赤松円心と共に活躍。感状山城を守り抜き、後醍醐天皇方を播磨で足止めした。父の死後、播磨守護となり、その後も南北朝の争乱に関与。晩年には足利義満を保護し、風流踊りで接待した。1371年、京都で死去。墓所は兵庫県上郡町の宝林寺にある。

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主な祖先

藤原富士麻呂

16親等祖先

嵯峨天皇

16親等祖先

文徳天皇

16親等祖先

藤原武智麻呂

19親等祖先

村上天皇

12親等祖先

藤原兼家

12親等祖先

藤原内麻呂

17親等祖先

藤原不比等

20親等祖先

赤松則祐の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

主な子孫

京極宮家仁親王

13親等子孫

上杉宗憲

15親等子孫

尊超入道親王

14親等子孫

東山天皇

12親等子孫

二条綱平

13親等子孫

霊元天皇

11親等子孫

山名矩豊

10親等子孫

一条昭良

10親等子孫