鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて活躍した武将。村上源氏の一族である赤松氏の4代当主。播磨国守護を務め、法名の円心でも知られる。元弘の乱では後醍醐天皇の皇子・護良親王の令旨を受けて挙兵。六波羅探題を攻撃し、建武の新政では播磨守護職を与えられるが、政争に巻き込まれ不遇を経験。建武政権と決別し、足利尊氏に従う。義貞を迎え撃つ白旗城の戦いで活躍し、足利方として南北朝の戦乱に貢献。尊氏に従い、最期は京都で急死。享年74。墓所は京都市東区の建仁寺塔頭久昌院にある。
主な祖先
赤松則村の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
養父
配偶者
主な子孫





















