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赤松則尚あかまつのりなお

赤松則尚

室町中期の武将

氏族村上源氏
生没1425年 - 1455年
位階
官職
幕府職

室町時代中期の武将である。嘉吉の乱では伯父・赤松満祐に従い、播磨国で幕府軍と戦うが、満祐が自害すると播磨から逃亡。各地に潜伏しつつ、御家再興を目指す。文安元年(1444年)、赤松氏の故地である播磨を奪還しようと挙兵するも山名持豊に敗北。その後、阿波国守護の細川持常に庇護されるが、播磨返還は叶わず幕府に出仕。享徳3年(1454年)、足利義政の山名討伐命令を受け、再び播磨で挙兵。しかし、享徳4年(1455年)春に山名軍に敗北し、備前国の鹿久居島で一族と共に自害。享年31。

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