系譜で辿る日本史

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赤松義則あかまつよしのり

赤松義則

赤松氏7代当主

氏族村上源氏
生没1358年 - 1427年
位階従四位下
官職 左京大夫 兵部少輔 上総介
幕府職室町幕府侍所頭人 山城・播磨・備前・摂津三郡・美作守護

室町時代前期の守護大名で、足利義満に仕えて活動。応安4年(1371年)に石清水八幡宮の造営奉行に任命され、翌年に家督を継ぐ。永和5年(1379年)には土岐頼康を攻撃し、侍所別当に任命。元中3年(1386年)には南朝方の叔父を討伐。明徳の乱(1391年)で武功を挙げ、美作国を与えられた。応永6年(1399年)の応永の乱でも活躍。義満の死後は義持に仕え、幕府宿老として重きを成した。応永34年(1427年)に70歳で死去。跡を嫡男の満祐が継ぐ。身体が小さく、出家後は「赤松三尺入道」と称された。

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