系譜で辿る日本史

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赤松教康あかまつのりやす

赤松教康

室町中期の武将

氏族村上源氏
生没1423年 - 1441年
位階
官職
幕府職

室町時代中期の武将である赤松教康は、父・赤松満祐らと共に嘉吉元年(1441年)の嘉吉の乱で将軍・足利義教を暗殺し、その後播磨へ帰国した。幕府軍との戦いで一時的な勝利を収めるも、山名軍の侵入により撤退を余儀なくされる。最終的に赤松家の居城が攻め落とされ、父の命を受けて脱出したが、伊勢で自害した。享年19。教康の死後、生存説があり、彼の直系子孫が16世紀半ばまで存続した可能性がある。

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主な祖先

源満仲

16親等祖先

源為義

11親等祖先

藤原兼家

15親等祖先

藤原山蔭

17親等祖先

桓武天皇

20親等祖先

清和天皇

19親等祖先

仁明天皇

19親等祖先

橘嘉智子

20親等祖先

藤原基経

17親等祖先

藤原定方

20親等祖先

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