江戸時代前期の公卿である一条昭良は、後陽成天皇の第九皇子として生まれ、一条内基の養子となり一条家14代当主に就任した。慶長14年(1609年)に養子となった後、寛永6年(1629年)に関白、後に摂政を務める。寛永12年(1635年)に名を昭良に改め、正保4年(1647年)に再び摂政となり、関白を兼ねた。承応元年(1652年)に出家し恵観と称し、洛北西賀茂に山荘を営む。山荘は次男・冬基に受け継がれ、現在も鎌倉市に移築されて現存する。
主な祖先
一条昭良の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫





















