系譜で辿る日本史

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醍醐冬熙だいごふゆひろ

(後信性普明寺)

醍醐冬熙

醍醐家2代当主

氏族藤原北家御堂流一条家庶流醍醐家
生没1679年 - 1756年
位階従一位
官職 左大臣
幕府職

江戸時代中期の公卿である醍醐冬熙は、主に四代の天皇に仕え、従一位左大臣まで昇進した。元禄元年(1688年)に従五位上に叙され、元禄9年(1696年)には公卿となる。宝永元年(1704年)には権大納言に任命され、長期間にわたり神宮伝奏を務める。享保9年(1724年)には右近衛大将に、享保13年(1728年)には内大臣となる。晩年には右大臣、左大臣を歴任したが、いずれも辞職している。清華家の一つである醍醐家に属し、後陽成天皇の男系三世子孫にあたる。

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主な祖先

後鳥羽天皇

18親等祖先

洞院公守

15親等祖先

後花園天皇

9親等祖先

後奈良天皇

6親等祖先

中山忠親

18親等祖先

近衛兼経

16親等祖先

後土御門天皇

8親等祖先

大江広元

16親等祖先

西園寺公相

17親等祖先

赤松則祐

12親等祖先

醍醐冬熙の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

主な子孫

大炊御門経輝

6親等子孫

伏見朝子

6親等子孫

賀陽宮恒憲王

6親等子孫

賀陽文憲

7親等子孫

町尻量基

6親等子孫

醍醐忠重

6親等子孫

章憲王

7親等子孫

賀陽治憲

7親等子孫

野間省伸

9親等子孫

一条直子

6親等子孫