江戸時代中期の公卿である醍醐冬熙は、主に四代の天皇に仕え、従一位左大臣まで昇進した。元禄元年(1688年)に従五位上に叙され、元禄9年(1696年)には公卿となる。宝永元年(1704年)には権大納言に任命され、長期間にわたり神宮伝奏を務める。享保9年(1724年)には右近衛大将に、享保13年(1728年)には内大臣となる。晩年には右大臣、左大臣を歴任したが、いずれも辞職している。清華家の一つである醍醐家に属し、後陽成天皇の男系三世子孫にあたる。
主な祖先
醍醐冬熙の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫





















