鎌倉時代中期から後期にかけて活動した公卿。官位は従一位・太政大臣。亀山天皇らの外叔父でもある。建長5年(1253年)に従五位下に叙され、順次昇進を重ね、文永4年(1267年)には公卿入りを果たす。文永8年(1271年)には蒙古と高麗の降伏を祈るため伊勢に派遣される。最終的に正安元年(1299年)に太政大臣となるが、同年内に辞任。嘉元3年(1305年)に出家し、法名は素元。文保元年(1317年)に薨去。歌人としても知られ、山本相国と呼ばれた。次男の実明が正親町家を興した。
主な祖先
洞院公守の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫





















