南北朝時代の公卿である近衞兼嗣は、近衛家の11代当主として活躍した。応安元年(1368年)に従三位に叙せられ、永和元年(1375年)には内大臣、永和4年(1378年)には右大臣を歴任した。足利義満の政権下で、摂政・関白は近衛家と二条家が独占する状況の中、嘉慶元年(1387年)に摂政・藤氏長者に任じられる。しかし、父の死去により一時的に職を離れるも、復帰後の翌年に29歳で死去した。彼の後任には二条良基が再び関白に就任し、政治の中心で活躍を続けた。
主な祖先
近衛兼嗣の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫





















