系譜で辿る日本史

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勧修寺晴子かじゅうじはるこ

(新上東門院)

勧修寺晴子

誠仁親王・妃

女院

氏族藤原北家勧修寺流勧修寺家
生没1553年 - 1620年
位階
官職
幕府職

安土桃山時代から江戸時代前期の女性で、誠仁親王の女房として仕え、「阿茶局」と称された。後陽成天皇の生母であり、天正14年(1586年)に天皇が即位すると国母として遇され、同年に准三宮となった。慶長5年(1600年)には院号宣下を受け、新上東門院と号した。元和6年(1620年)に68歳で薨去し、京都の泉涌寺内の月輪陵に葬られている。

更新
主な祖先

村上天皇

18親等祖先

大江広元

13親等祖先

藤原道長

17親等祖先

藤原基経

20親等祖先

源頼光

20親等祖先

大弐三位

19親等祖先

花山天皇

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勧修寺晴子の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

主な子孫

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8親等子孫

後桜町天皇

7親等子孫

大炊御門家信

8親等子孫

四条隆謌

8親等子孫