仙洞御所で長く院政を行った霊元天皇は、後水尾天皇の第十九皇子として生まれ、承応3年(1654年)に誕生した。1663年3月に後西天皇から譲位されて践祚し、貞享4年(1687年)に譲位するまでの間、朝廷運営を行った。即位後は幕府と協調しつつ、朝儀の再興と朝廷権威の回復を目指した。霊元天皇は歌人としても知られ、『新類題和歌集』の編纂を命じ、多くの歌人を育成。能書家としても評価され、書道の流派に影響を与えた。晩年は法皇となり、享保17年(1732年)に78歳で崩御した。彼の書や和歌は、今も多くの大名家に家宝として伝わっている。霊元院の自筆の書は、近臣の手を経て、柳沢家などの極限られた大名家に伝世し、家宝として相伝されている。有栖川流書道は、この天皇の書風から派生したことで知られる。





















