江戸時代中期から後期にかけての武士である。天明7年(1787年)、田安家の屋敷と領地を相続したが、将軍の庶子ではなく御三卿の庶子が相続することに対し、一部反発があった。文化10年(1813年)、将軍家斉の十二男である斉荘を養子に迎えた。天保8年(1837年)、従一位に昇叙される。兄家斉と同様に子女に恵まれ、多くの子女を持ったが、嫡子匡時が病弱を理由に廃嫡され、隠居。養子斉荘が第4代当主となるが、後に実子慶頼が5代当主となり、斉匡が後見となった。嘉永元年(1848年)に70歳で死去。
主な祖先
徳川斉匡の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫









