系譜で辿る日本史

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養珠院ようじゅいん

(万)

養珠院

氏族
生没1577年 - 1653年
位階
官職
幕府職

安土桃山時代から江戸時代前期にかけて生きた女性で、徳川家康の側室である。出自には諸説あり、勝浦城主正木頼忠の娘とされることが多い。天正12年(1584年)に母が再婚し、蔭山一族となる。文禄2年(1593年)、三島で家康に出会い、側室となる。慶長7年(1602年)に徳川頼宣、翌年には徳川頼房を出産。日蓮宗の信者で、宗論を巡る家康との対立で日遠の命を救った逸話がある。元和5年(1619年)、身延山で法華経の大法要を催した。承応2年(1653年)に死去し、墓所は山梨県身延町と静岡県三島市にある。

更新
主な祖先

源満仲

20親等祖先

武田信義

18親等祖先

三浦義村

16親等祖先

源頼国

18親等祖先

三浦義明

17親等祖先

源頼光

19親等祖先

三浦義澄

17親等祖先

佐原義連

16親等祖先

伊東祐親

18親等祖先

養珠院の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

養父
    配偶者
    主な子孫

    相馬恕胤

    6親等子孫

    後桜町天皇

    6親等子孫

    徳川慶壽

    7親等子孫

    池田斉稷

    7親等子孫

    酒井忠道

    6親等子孫

    蜂須賀茂韶

    8親等子孫

    溶姫

    7親等子孫

    松平頼縄

    7親等子孫

    黒田斉清

    7親等子孫

    南部利済

    7親等子孫