系譜で辿る日本史

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鈴木重義すずきしげよし

鈴木重義

雑賀党鈴木氏

氏族三河松平氏
生没1634年 - 1668年
位階
官職
幕府職

江戸時代前期の水戸藩士である雑賀重義は、紀州雑賀衆の裔である鈴木姓雑賀氏を相続した。重義は徳川光圀の異母弟にあたり、寛文4年(1664年)に重次の死去により家督を継承した。禄高は3千石で、大番頭に准じられ、寛文7年(1667年)には大番頭となった。同年、徳川光圀の江戸参府に従い、4代将軍・家綱に拝謁するが、9月に35歳で死去した。墓は養父・重次と同じく浄光寺にある。雑賀家は重義の代まで禄高3千石の家老格であったが、重義の死後、家人の不行跡などにより、禄高は600石となった。

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