文化10年(1813年)、江戸城大奥で誕生。11代将軍・徳川家斉の娘で、加賀藩主・前田斉泰の正室。文化14年(1817年)、御台所茂姫の養女となり、文政10年(1827年)に前田斉泰と婚礼を行う。溶姫として加賀藩にとけ込もうと努力したが、大奥からの女中たちの尊大な態度が問題となる。斉泰との間に三男を儲けるが、幕府への影響力を狙った母の策略が失敗し、藩士の不満を招く。幕末、加賀藩では親幕派と尊皇派の対立が激化し、溶姫もその影響を受ける。慶応4年(1868年)、戊辰戦争の混乱の中で金沢に戻り、同年5月に56歳で死去。墓所は野田山の前田家墓所にある。
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溶姫の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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